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ロバート・フェルドマンによる考察

モルガン・スタンレーMUFG証券のシニア・アドバイザーであるロバート・フェルドマンによる、サステナビリティに関する考察をお届けします。

2023年3月

ムーンショットとアースショット

ESGアクションを実践するにはテクノロジーに焦点を当てる必要がありますが、どのテクノロジー(技術)に注目すべきなのでしょうか。このテーマについては、エド・スタンリーをはじめとするモルガン・スタンレーのリサーチチームが「Thematics: Moonshots (Sep 14, 2022)と「Thematics: Earthshots (Nov 30, 2022)と題した2つの非常に優れたレポートを発行しています。ムーンショットとは、不確実性は高いものの、困難な問題を解決する高いポテンシャルを持つ初期段階の技術のことを指します。この技術における主な投資は、研究開発と概念の実証です。アースショットとは、不確実性が低く、折り紙つきのポテンシャルがある中間段階の技術のことを指します。この技術における主な投資は、テクノロジーを迅速かつ安価に拡張することです。

では、ESG投資はムーンショットとアースショットのどちらに焦点を当てるべきでしょうか。この問題の答えは二者択一ではなく、どのように融合させるかです。それぞれのカテゴリーのテクノロジーを考察すると、その理由がわかります。

ムーンショット

モルガン・スタンレーのリサーチチームは、学術研究は豊富に存在するものの、資本が比較的少ないテクノロジーとして定義される12のムーンショットを特定しました。

その一例が、先進的な工場式農業です。多くの企業が工場式農業や垂直農法に携わっていますが、レタス、ハーブなど簡単に育てられる食物か高級フルーツなどの特殊な食物に注目し、穀物を避ける傾向があります。このような状況の背景には、技術と導入コストの問題があります。エネルギーは高価です。そのため、多くのエネルギーを必要とする穀物においては、無料で太陽からエネルギーを得られる、土地を利用した伝統的な農法がより競争力を持ちます。工場式農業は、エネルギーを購入しなければなりません。その結果、迅速かつ低エネルギーで育成できる作物に焦点を当てるのです。

ムーンショットのカテゴリーに当てはまる工場式農業に関連した企業の一つに、食物栽培装置を製造する日本企業があります。同社は、大手の食品小売業者に装置を販売しており、これらの業者はその装置を流通センターに配置しています。しかし、現状ではいくつかの課題を抱えています。1)エネルギーが高価であること、2)装置は手製で特定の目的のために作られているため高価であること、3)穀物を育てるためにはまだ研究開発が必要であること、など。それでも歴史は我々に勇気を与えてくれます。自動車も手製だった時代は高級品でしたが、生産技術により迅速かつ安価な自動車工場ができた結果、普及しました。

もう一つのムーンショットの例は、SMR(小型モジュール炉)です。モルガン・スタンレーのリサーチチームは、SMRの電力1キロワット時あたりの総コストは、石炭では0.106米ドル/kWh(従来の原子力では0.167米ドル)であるのに対し、約0.06米ドル/kWhであると計算しています。また、SMRは安定しており、石炭の40%の発電効率に対して89%の発電効率と推定されています。さらに、SMRのライフサイクルカーボンフットプリントは石炭発電の約6%です。SMRの開発に積極的な日本企業もいくつか存在しています。しかしながら、SMRは建設段階における潜在的なコスト超過、地域社会への影響、核廃棄物などの問題があるため、そのメリットを充分に活用できるまでの道のりは長いかもしれません。

アースショット

ムーンショットは挑戦的で興味深いものですが、不確実性が非常に高く、道のりは長いです。一方、アースショットはそれほどエキサイティングではないものの、より実用的です。その結果、資本を引き付け、急速に拡散される可能性が高いと考えられます。モルガン・スタンレーのリサーチチームは時間的制約について、「気候変動関連技術の採用のペースと、地球がそれらの解決策を必要としているペースには大きな隔たりがある」と指摘しています。変曲点到達までの時間が0から7年のアースショットの中で、私が気に入っているのはカーボンキャプチャー(CCS)とスマートグリッド(電力網)です。

エネルギー転換は急速に進んでいますが、すべての二酸化炭素(CO2)の排出を止めるにはまだ数十年かかるでしょう。その間、CO2を回収・貯留し、有効利用することが非常に重要になってきます。幸いなことに、カーボンキャプチャーの技術は急速に発展しています。

初期段階のプロジェクトは懐疑的に受け取られていました。例えば、2021年にその当時世界最大の野外プロジェクトとして始動したアイルランドの施設「オルカ(Orca)」は、年間約4000mtのCO2を回収することができますが、これは年間温室効果ガス排出量のわずか3秒程度にすぎません。しかし、アースショットは比較的規模を広げやすく、そのニーズはとても高いです。当社のリサーチチームは「Energy: Carbon Capture: A Hidden Opportunity? (Apr 14, 2021)と題したレポートで、この10年間でCCS市場は21倍に成長し、さらに2030年以降は、2050年まで毎年10%ずつ上昇すると予測しています。貯留されたCO2は再利用も可能です。ある日本のバイオ燃料スタートアップは、大きなCO2排出源の近くに藻類培養工場を置き、そのCO2を藻類の成長に活用しています。

電力網の再建も重要な課題です。まずは「キャパシティー」の問題があります。日本にある全てのガソリン車がEV(電気自動車)に移行した場合、電力網はこれまでより約20%多い電気を供給する必要があり、日本の電力網はそれだけの増加に耐えられない可能性があります。もう一つの問題は「構造」です。すべての国でそうであるように、現在の電力網は一方通行です。大規模な発電所は利用者に送電線を利用して電力を届けますが、利用者と仲介設備間の取引は殆どありません。つまり、電力網はピラミッド型ではなく、ネットワーク型に再構築されなければならないのです。

結論

気候変動の唯一の解決策は、テクノロジーの迅速な拡散です。しかし、どの技術をどの順番で普及させるべきでしょうか。そこで重要になってくるのが、ムーンショットとアースショットの差別化です。ムーンショットへの十分な資金を確保しつつ、問題が差し迫っているものほどアースショットが大きな役割を果たさなければなりません。モルガン・スタンレーのサステナビリティ関連イニシアチブの目標の一つは、ムーンショットをサポートしながら、アースショットが必要としている資金を確保することです。

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ロバート・フェルドマン
モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社
シニア・アドバイザー

1998年、チーフエコノミストとしてモルガン・スタンレー証券会社(現:モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社)に入社、2017年より現職。2017~2022年、東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻(MOT)にて教鞭をとり、現在は上席特任教授。日米友好基金の審議員やオリックスの社外取締役を歴任。2000~2020年、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系列)のコメンテーターを務めた。

マサチューセッツ工科大学で経済学博士号、イエール大学で経済学/日本研究の学士号を取得。1970年に米国からAFS交換留学生として初来日、名古屋で1年間過ごす。共著や訳書も含め多くの書籍を手掛ける。