エネルギー転換には、同時に成し遂げなければならない非常に大規模かつ長期的な課題がいくつもあります。ジェファーソン大統領の逸話と共にご紹介します。
2022年12月
たとえこれが作り話だったとしても、学べる教訓があります。
ジェファーソン大統領は、彼の庭師に大統領執務室の外に樫の木を植えるように頼みました。すると庭師は「大統領、樫の木が育つのには50年かかります」と言いました。これを聞いたジェファーソン大統領は、「もしそうならば、すぐに植えなさい!」と答えたそうです。この逸話はエネルギー転換を考えるうえでも有効です。つまり、同時に成し遂げなければならない非常に大規模かつ長期的な課題がいくつもあり、それら全てに膨大な資本が必要です。これらの課題に我々は今すぐ取りかからなければなりません。
エネルギー源
第1段階はエネルギー源です。今日、世界の一次エネルギーの約10分の1のみが再生可能エネルギーから得られており、残りは二酸化炭素を大量に排出する石炭、石油、LNGなどを利用しています。発展途上国の成長に伴いエネルギー使用量がさらに増加しているなか、2050年までに排出量ネットゼロを達成するには、一次エネルギー供給の90%を30年で置き換えなければいけません。化石燃料への投資はIPCCの計画通り減少していますが、再生可能エネルギー投資は必要量の約3分の1にとどまっています。 再生可能エネルギー投資を大幅に増やす必要があります。
エネルギー供給
第2段階はエネルギー供給です。現在、エネルギーの約20%は電力の形態で、80%は燃料の形態で供給されており、そのほぼ全てが化石燃料によってまかなわれています。経済的に実現可能な発電の脱炭素化技術はすでに存在しますが、化石燃料の脱炭素化技術はまだ進んでいません。
この点についてやるべきことが2つあります。まずは、燃料に依存している活動を電力に移行することです。その一番わかりやすい例はEV(電気自動車)ですが、EVが必要とする電力は膨大です。日本でガソリン車からEVに移行するには発電能力の25%増が求められ、この電力を供給できるインフラにはさらに莫大な投資が必要です。
さらに、特に移行期間においては、化石燃料の使用を継続しなくはならないということです。気候への影響を抑えるには、二酸化炭素の回収、有効利用、貯留(CCUS:Carbon Capture, Use and Storage)が求められています。こうした技術は改良しつつありますが、これにも多額の投資が必要です。
エネルギー使用
第3段階はエネルギーの使い方です。冷蔵庫のようなありふれた物でも、エネルギー効率を改善する余地はまだまだあります。しかし、古い設備は交換される必要があり、それには多くのお金と時間を要します。
特に重要なのは一部のユーザー産業です。温室効果ガスの約16%は、コンクリートと鉄鋼の生産から発生しています。鉄鋼生産に水素を使用する試験的なプロジェクトがありますが、効率性の検証や大幅な普及の加速化が必要です。また、地球上の80億人の人々を養うために欠かせない肥料産業においても変革が求められています。100年以上経った今でも主流であるハーバー・ボッシュ法はエネルギーを大量に消費します。代替的な肥料生産技術が登場しているものの、これも急速に広めなければなりません。
FEW問題 : Food-Energy-Water
もう1つの分野は、食糧・エネルギー・水の関係です。この3つの産業には大きな繋がりがあります。気候変動が水の供給を危険にさらす中、新しいインフラが必要とされますが、このインフラの製造と運用には鋼鉄、コンクリート、エネルギーが必要なのです。
ジェファーソン大統領は正しかった
エネルギー転換に必要な数多くの側面と、やるべきことを時間内に進めるために必要な多くの資本を考えたとき、金融機関の役割は重要かつ緊急です。ジェファーソン大統領の話を教訓に、時間を要する緊急の課題には今すぐ取り掛かりましょう。
ロバート・フェルドマン
モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社
シニア・アドバイザー
1998年、チーフエコノミストとしてモルガン・スタンレー証券会社(現:モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社)に入社、2017年より現職。2017~2022年、東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻(MOT)にて教鞭をとり、現在は上席特任教授。日米友好基金の審議員やオリックスの社外取締役を歴任。2000~2020年、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系列)のコメンテーターを務めた。
マサチューセッツ工科大学で経済学博士号、イエール大学で経済学/日本研究の学士号を取得。1970年に米国からAFS交換留学生として初来日、名古屋で1年間過ごす。共著や訳書も含め多くの書籍を手掛ける。